本州最南端の島から・・・


海金剛です   
by umikongou

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通夜島(つやしま)

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奥に見える島は通夜島という小さな無人島です
串本大橋はそこよりさらに小さい苗我島にかかっています
大島の水門祭<みなとまつり:県無形民俗文化財>の由来にも通夜島の名があります

神巧皇后(気長足姫尊・オキナガタラシヒメノミコト)は、新羅遠征の後 幼い皇子(応神天皇・ホムダワケノミコト・ホムタノスメラミコト)を連れ 北九州から仲哀天皇の遺骸とともに都に向かおうとしました
ところが 仲哀天皇の2人の御子が 皇后と応神天皇を討とうと瀬戸内で待ち伏せをしていました

危険を察した武内宿禰(タケウチノスクネ)が 南海道に迂回するよう神巧皇后に進言します
それに応じた皇后一行は 行幸の途中 紀伊水門浦の通夜島(津夜島)に立ち寄られました
このとき 大島浦.串本浦.出雲浦からそれぞれ住民が迎えの船を出しましたが 一行は大島浦の船にお乗りになられました

水門祭の櫂伝馬<かいでんま>はここから生まれました これは口伝として伝わるのみで記録としては残っていません

また、水門祭りの行事は現在 苗我島で行われていますが それも上のお話からだと云われています
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by umikongou | 2007-05-10 22:22

串本節の大島です

" ここは串本~向かいは大島
     仲をとりもつ 巡後船 ”


私が島を離れて暮らしていた頃のお話ですが
「どこから来たのですか?出身は?」と 聞かれて
「大島です」と、答えても
「奄美ですか? 伊豆ですか?」と、聞かれます
そこで・・・
「串本節の大島です!」と 答えると皆さん納得してくださいました
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そのころは~串本節も教科書に載るくらい有名でしたからね(笑)

でも、今はそれも通用しないようであります

時代の流れではありますが 古いものも大事にしたいものですね
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by umikongou | 2007-05-09 22:17

キレイハキタナイ  (仲間のブログより~)

「きれいはきたない、きたないはきれい」 は、シェイクスピア の 『マクベス』 の
冒頭で3人の魔女たちが、戦場から凱旋するマクベスに向かって言った台詞。

先日〈南紀ブログ〉で昔の灯台の写真が出ていた。それを見たとき、この言葉を
思い出した。
そして古里へUターンしてから、子どものころ遊んだ灯台へ何度か訪れるたびに
感じていた違和感の正体が分かった。「綺麗は汚い」だったのである。

西洋式石造り灯台として、日本で一番初めに点灯(1870年6月10日)された
歴史遺産。
子どものころよく遊んだところが、そうした場所であったことが誇らしくさえあった。
ところが今は風景が一変してしまい、懐かしさすら思えない別のものになっている。

灯台の前で、昔はこんなではなかったと言い訳をするかのごとく、連れ合いに
ボヤいていたひとつひとつのことこそが大事だったのである。
○灯台は古くてカーキ色とクリーム色が混ざった白色で、今のように真っ白では
  なかった。
○それに展望台がくっついていなかった。
○もちろんすぐそばの官舎には燈台守さんが住んでいて、中へも入らせてもらった。
○灯台へと向かう道は土の道で、デコボコとした感触を足が覚えている。
○周辺は水仙が群生していた。今はすっかり刈り取られて申し訳程度に残されて
  いるだけ。

整備事業だかなんだか知らないが、少なくとも古いままにしておいた方が良かった。
綺麗にしたつもりで、汚く醜い姿を晒すことはなかったはずだ。むしろ明治の建設当時
の雰囲気に近づけるべきだったのだ。日本で最初に出来た灯台、だから価値があるの
である。何をどうすべきかは、おのずと答えは出る。簡単なことだ。

キレイハキタナイ、キタナイハキレイ。視点を変えれば見え方も変わってくる。

                                    一所不住
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by umikongou | 2007-05-08 21:23

離島始末記 (5月5日)  仲間のブログより~

「紀伊半島の突端にある離れ島」と、島を出てから出会った人に自分の出身地を
説明してきたが、1999年9月8日に橋が架けられて、本土と地続きになった。

ワーキング・プアという身分の小生にはまったく関係のないことでつまらんが、世間では
今ゴールデン・ウィークとかいうものらしくて、橋を渡って引っ切り無しに車やバイクが
島へと入り込んで来ている。
普段は静かで年寄りしか見かけない島に人が溢れかえって、その重さで心なしか、少し
ばかり島が沈んだような気にさえなってくる。

橋が架かり便利になったのは間違いないが、逆に不便にもなった。よく聞くのは買い物
である。これまでは巡航船やフェリーに10分足らず乗るだけで行けた店へ、車で10分
以上かけないと行かれない。車を持たない人は、その手配に大変だ。

戸締りにも気を使う。鍵を掛ける習慣がなかったのに、外出時は鍵を掛けなければ
いけない。海で隔てられて、守られていた治安が怪しくなってきている。

昔の資料などを読んでみると、〔大島村〕として小さい島ながらも活況を呈していたころが
妙に懐かしくなってくる。
                        一所不住
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by umikongou | 2007-05-07 21:42

GW最終日

今日は朝から雨

JR串本駅は観光客や帰省客のUターンで賑わっていました

私達 ブログ仲間は平常通りの仕事のため
GW中の串本町の様子を把握できておりませんのでお伝えできずに申し訳ありません

内輪の情報として・・・樫野のキャンプ場 リゾート大島さんには
沢山のテントが張られていたとのことです

私は釣りのお客様を沢山見ました

皆さん またのお越しをお待ちしています!!
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by umikongou | 2007-05-06 17:21

柏餅=えべつ

端午の節句と言えば やっぱり 『えべつ』でしょう~

えべつ?  この地方では 柏餅の事をそう呼びます
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柏の葉っぱではなくて サルトリイバラの葉っぱで包んだ餅ですe0110600_2114438.jpg







少し前まで「柏の葉を使うから柏餅」と思っていました
東日本では確かに柏の葉っぱを使うそうですが
西日本では「柏の葉を使わない柏餅」もあります。
西日本では柏の木は、それ程一般的ではなくて
柏の葉の代用として「サルトリイバラ(別名サンキライ)」の葉を柏餅に
使用することが多いらしいのです

今でもサルトリイバラの葉を柏の葉と思い込んでいる方も多いと思います

樫野には柏の葉は沢山ありますがやっぱり サリトリイバラを使います
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by umikongou | 2007-05-05 11:07

端午の節句

明日 5月5日は『端午の節句』ですね
別名 菖蒲の節句とも言われるそうです
「菖蒲」の音が「勝負」や「尚武」に通じることからだと言われています。

この地方では 今日の宵節句か明日か菖蒲湯に入りますe0110600_21475276.jpg
また、厄除け、魔よけとして
菖蒲とヨモギを結わえたものを屋根の上に投げ上げます
しかし、最近はあまりされていない行事です

昔の風習が段々と忘れられていくのは寂しいですね
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by umikongou | 2007-05-04 21:51

燈台守

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樫野埼灯台の右横に見える三角屋根のお家は今は誰も住んでいなくて 
窓もトタン板が張られていますが昔は燈台守が住んでいました

建物の建築時期も 灯台建築と同じ頃なのでしょうか?
はっきり分かりませんが日本でも古い 西洋建築のようです
せっかくの古い建物ですから修復して何かに使えると良いのになぁと思います

今は亡き義父の古い友人が 子供の頃住んでいたらしく
今も、毎年届く年賀状に 樫野灯台が懐かしいと書かれてあります
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by umikongou | 2007-05-03 23:33

樫野埼灯台

前にもご紹介しました樫野埼灯台ですが
日本最古にしては綺麗!と、思われた方が多いことでしょう

樫野埼はくしもと大橋開通前後に 大駐車場を造り
駐車場から灯台までの道を遊歩道に整備
そして、灯台の周辺を整備しました

そのうえ 灯台に登る螺旋階段 展望台まで造られました

確かに綺麗になりました

でも・・・昔の 土の道の方が好きだったなぁと思います
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by umikongou | 2007-05-02 22:40

修学旅行

今日から5月です
ゴールデンウィークも後半にはいります
今日は一日中雨でしたが~これからお天気の良い日が続きそうです

5月16日 大島中学校は修学旅行で東京に行きます
そして 恒例のトルコ大使館 表敬訪問致します
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大使館などはそんなに簡単に入れるものではありません
が やはり エルトゥールル号の遭難からの友好で
ここ数年来、大島中学校の修学旅行の日程に
組み込まれています

大使じきじきにお菓子を焼いてくださった事もあったんですよ

子供たちにとっては楽しみのひとつです
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by umikongou | 2007-05-01 22:34