本州最南端の島から・・・


海金剛です   
by umikongou

<   2007年 02月 ( 15 )   > この月の画像一覧


土の道                  

今はどこも舗装されているけれど 昔は土の道でした。
踏みしめて 歩く道でした。

樫野崎灯台に続く道は 土の道でした。

白い灯台を支えているのは 大きな石を積み上げた
石垣でした。
今は、灯台と同じように白く塗られていますが以前は きちんと石の色でした。
勿論、隣の螺旋階段もありませんでした。

時代と共に 姿を変えていくのは仕方のないことかもしれませんが 
残念だな~と思うことは多々あります。
e0110600_10403760.jpg

大切なものは 意識して守ること
国や町という大きなものに任せきりにしないで
自分たちの大切なものは 自分たちで守ろうと
思わなければいけないのかもしれない・・・
と、土が埋もれてしまった道に立って思いました。
                   by きんかん
[PR]

by umikongou | 2007-02-18 10:38

HPのご紹介            byきんかん

e0110600_10271799.jpg

いきなりですが、HPの紹介をさせていただきます。
それは、大島中学校の大島紹介ページです。
平成17年度3年生女子が二学期の総合の時間で
自分たちの地域について、調べたことをまとめたものです。
テーマは「大島を中心に串本町を他の地域の人に知ってもらう」ということです。
http://www.za.ztv.ne.jp/ooshima/
大島を紹介するのに、このページに勝るものはない!!
と、きんかんは思うわけです。

大島、樫野について色々と書こうと思っていたけれど、今夜は

大きな声で言おう!

大島中学校のHPを見てね。
[PR]

by umikongou | 2007-02-17 10:24

日本で一番古い  (仲間のブログから)

生まれ育った島は 近代史で重要な役割を果たしており、我が国で一番古いと
言われているものが 二つある。

一つ目は、洋式石造り灯台として スコットランド人 R.H.ブラントンによって建設され
1870年(明治3年)6月10日に点灯を始めた 樫野埼灯台。

そして二つ目は、更に時代を遡って 1791年(寛政3年)の出来事。 ペリーが浦賀へ
黒船で現れるよりも、62年も前に アメリカの商船レィディ・ワシントン号とグレイス号の
2隻が 大島近海を通りがかり、樫野のマエノ浜へ上陸して 水や薪を求め、村人と
交流したことが アメリカの公文書に記録されている。 
これが史実における 日米最初の接触である。

大島の沖合は 古くから海上交通の要所であり、同時に 航海の難所であった。
外国の船員はこの辺りを Wrecked Coast (遭難海岸)と言って 恐れていたそうだ。

のちに トルコ軍艦エルトゥールル号の悲劇も この樫野埼で起こった。
ここから 日本とトルコの友好の歴史が始まる。

こうして書き出してみると 昔から外の世界へ向かって 開かれていた島だったことが
分かる。灯台ですら、外国船の航海の都合で造られたのだから。

そんな海を 毎日眺めて大きくなった少年は、遙か水平線の向こうに広がる
無限の世界へ 夢を馳せた。

一所不住 http://rurou.exblog.jp/
(写真は日米修好会館です 記事転記時に添付しました)
[PR]

by umikongou | 2007-02-16 09:52 | 樫野

この橋を渡って~紀伊大島へ

くしもと大橋を出雲側から見ました
e0110600_22115730.jpg

[PR]

by umikongou | 2007-02-15 22:12 | 大島

樫野崎灯台

e0110600_9481847.jpg

樫野の住人になったのが20年前
色んな慣習の違いにびっくりしながら今に至っています

今は仕事の関係でチョッと離れた所で暮していますが
樫野は 驚き 発見が一杯で楽しいところです
出来るだけ色んな行事に関わっていきたいと思います
樫野は私の永住の地です

<樫野崎灯台>
樫野崎灯台は 洋式石造り灯台として 
スコットランド生まれのイギリス人
リチャード.ヘンリー.ブラントンによって建設され 
1870年(明治3年)6月10日に点灯を始めた 
日本最古の石造り灯台です

灯台の周りには 水仙の花が甘い香を漂わせています
水仙は 灯台を設計したプラント博士が、故郷を思い持ち込んだと言われています
[PR]

by umikongou | 2007-02-14 09:47 | 樫野