本州最南端の島から・・・


海金剛です   
by umikongou
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子守唄

この子かよう泣く
ひばりかせみか
せみでごいせん人間の子じゃ こいこい

守はにくいとて
やぶれ傘くれて
可愛いわが子を
ぬらすのか こいこい

守よ守よと
たくさにするな
家(うち)へ帰れば
みな娘 こいこい

樫野に伝わる子守唄です。
まだ 聴いたことがないので 聴いてみたいです。
五木の子守唄のようにもの悲しい旋律だろうか
竹田の子守唄のように哀しいけれどやわらかい音なのか
想像しています。

こいこい・・というところが いいですね。
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by umikongou | 2007-02-28 23:29 | 樫野

民間交流

国と国、というような大きなことではなく
町と町、あるいは 人と人、が心を通わせる
ことができたらいいのに、と思ったのです。
その昔、ヤカケントの町の小学校と交流していたように。

あたりまえのことをあたりまえにした
樫野の人たちが 忘れられていくのが
私は そばで見ていて哀しくなってしまったのです。

トルコの人たちが来たら、ホテルでお食事ではなく
樫野の青年会館で みんなでおもてなしして
言葉は通じなくても、100年以上続いている
友好を暖めあえたらいいのにな、と思ったのです。

樫野の人たちは 表に出て行って そういうことを
言う人たちではないから、そばにいる私たちが
なんとかしたいと思ったわけです。

余計なお世話かもしれないけど 樫野が大好きだから
樫野を紹介していこうと、このブログを水仙さんと
きんかんが、二人で書き始めました。
これからも 樫野のことを色々、たくさん紹介させていただきます。
よろしくお願いいたします。
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by umikongou | 2007-02-27 21:40

ヤカケント小学校

戦前からずっと樫野小学校の子どもたちは、異国に眠る
トルコの人々の墓地を清掃し続けてきました。
そして 樫野小学校が トルコ国ヤカケント小学校と
姉妹校の縁組を結んだのは、昭和40年のことでした。
当時、外国の小学校と姉妹校の縁組を結んでいる学校は
とても珍しかったのではないかと思います。
因みに その時、樫野小学校を代表してサインをしたのは 
私の連れ合いです。
小学校5年生だった彼は ずっと「ヤシケント」だと
思っていたそうです。

今は トルコとの交流はメルシン市が中心ですが、樫野に
よく似た景色のヤカケントの町が懐かしい気持ちになります。
樫野小学校に子どもたちがいなくなり いつのまにか
途絶えてしまった姉妹校だと思うのですが、いつの日か
ヤカケントの町へ行って ヤカケント小学校を訪ねてみたい
と 思い続けています。
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by umikongou | 2007-02-26 11:24 | 樫野

東の太陽  西の月星

昨日、新聞を見ていたら タイトルの広告が
目に留まりました。
3月10日(土)夜8:00~9:55放送 BS Asahi
~海の記憶は空を翔る・日本とトルコ117年の物語~

日本とトルコの知られざる奇跡の友情の物語
あなたはその真実を知っていますか?

と、書いてありました。
ここは、その樫野です。
奇跡を起こしたのは 樫野の人たちです。
彼らはとてもshyなので そんなこと一言も言いません。
今や日本の住民が助けたと報道されていますが、私は
島の人たちだから出来たことだと 実感しています。
樫野という小さな集落の ささやかに生きていた人たち
だから 出来たこと。自分たちの食べるものも着るものも
全て差し出した。そして冷え切った体を裸で温めた。
こんなことは 誰にでも出来ることではありませんものね。
ささやかに生きていたから 出来たこと。
だから奇跡なのです。

はたして TVは伝えてくれるのか?
私の家はBSが映らないので、ビデオに録ってもらいます。

ナビゲーターは鳥越俊太郎さん
ナレーターは国仲涼子さん   3月10日 ですよ!
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by umikongou | 2007-02-25 11:20

池の中の島   

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旧樫野小学校の 中庭にある池の中に 小さな大島があると 連れ合いから聞いていた。三年前の夏、朗読劇の会があると聞いて初めて樫野小学校の中に入った。その日は雨で薄暗い中 私は窓に顔を寄せて中庭の池を見た。しかし 池は草で覆われていてなにも見えなかった。廃校になるということは こういうことか、と思った。

連れ合いがまだ小学生だった頃(40年以上前のこと)当時の先生が 
子どもたちが大きくなって島を出て行っても 島のことを忘れないように
・・・と作られたと聞いた。

小さな中庭の小さな池の中の大島と同じ形の小さな島は 
きっと先生の祈りの形だったのだろう。

時が過ぎ 子どもたちが少なくなって学校が統合され、
地域に学校がなくなった。
子どもたちの声や気配のない学校は なんて寂しいことだろう。

写真は 今年の厄払いの餅まきです。
久しぶりに大勢人が集まって 学校は嬉しかったことでしょう。                            
                             by きんかん 
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by umikongou | 2007-02-24 11:00 | 樫野

金柑ジャム (マルセ風)

金柑ジャム
e0110600_105882.jpg材料 金柑                 
   金柑の重さの半分の砂糖
   
① 金柑を求めたら 重さを量ります
② ①の重さの半分の量の砂糖を用意します
③ 金柑をよく洗って水に浸けます 
   (1日~2日)
④ 金柑のヘタを切り落とし横半分に切ります
⑤ ④をさらに一晩 水に浸けます
⑥ さあ、種取です ここはしっかり竹串を使って種を取ってください
  それが美味しいジャムになる一番のポイントです
⑦ 種が取れたら鍋に入れ ひたひたの水を入れて茹で湯きりをします
⑧ 湯きりを二度繰り返します
⑨ もう一度 水をひたひたに入れて 今度は金柑が柔らかくなるまでじっくり煮ます
  途中 取り損ねた小さな種が浮いてきますが これは必ず取り除いてください
⑩ 金柑が柔らかくなったら火を止め 少しさまします
⑪ ⑩のあら熱が取れたら ミキサーにかけます
  この時のひき具合は好みです 我が家はペースト状にします
  汁を別に取っておきジャムの硬さ調節に使います
  尚 この汁は風邪引きの時ののどの薬になりますよ
⑫ ミキサーで ひき終わったら鍋に戻し 砂糖を半分だけ加えて混ぜながら煮始めます
⑬ 途中で残りの砂糖を加えながら じっくり煮込みます
⑭ 木のへらで混ぜながら煮あげていくと 鍋底が見えるくらいにもったりしてきます
⑮ お疲れ様 出来上がりです

この ジャムは甘さ控えめです 必ず冷蔵保存して下さい
小分けして 使う分は冷蔵庫に 残りは冷凍保存して下さい
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by umikongou | 2007-02-23 10:59

伊勢海老丼

e0110600_1055185.jpgもう伊勢海老収穫の季節は終わりましたが、今日は樫野の美味しい伊勢海老丼を紹介させていただきます。
 
樫野漁協直営の食堂で 11月1日から12月末日まで 食べることが出来ます。値段は2000円。ちょっと高いんじゃない!と私も思いましたが 昨年11月に 学生時代の友達が遊びに来たので 思い切って 食べに行ってみました。地元にいると そういう時でないと なかなか行くことがないのです。

伊勢海老丼は 大きな伊勢海老がどーんとのっかっていて豪快でした。
記念写真を撮りました。

美味しくて、目にも楽しく 満足!でした。
今年の秋には 是非 樫野へ伊勢海老を食べにいらしてください。                 byきんかん

ps.夏には あわびも食べられます。またお知らせしますね。
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by umikongou | 2007-02-22 10:54 | 樫野

追悼歌

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トルコのお墓の前で 子どもの頃に歌った歌を
連れ合いが歌ってくれました。
とても哀しくて美しい歌でした。

樫野の子どもたちが お墓の掃除をしたり 歌を歌ったりしているのを、魂はきっと喜んでいると思います。

私もこの歌を覚えて 一緒に歌いたいと思いました。


         トルコ使節艦エルトグルル号 追悼歌
                         泉 丈吉 作詞
                         打垣内正 作曲
 
             陽は落ちぬ 悲しび深し
               はるけきか 一つ星なる
             海鳴りの いよよ冴えきて
               白塔の ひらめきうつし
             堪えがたく 祈る声とも

       エルトゥールル号遭難のお話(勝手にリンクお許し下さい)
       http://www.locopoint.net/love_peace/ertugrul.html
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by umikongou | 2007-02-21 11:00 | 樫野

トルコのお墓

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ずっと前のこと、大島にまだ橋が架かっていなくて
樫野小学校が学校として存在していた頃のお話です。

紀伊大島の東端の樫野という小さな集落には 大きなトルコのお墓があります。
「遭難慰霊碑」と呼ばれていますが、当時 地元の子どもたちは
「トルコの墓」と呼んでいました。
その周辺が彼らの遊び場であった訳ですが、
子どもたちはお墓の掃除もしていました。
大切な場所であるので、お墓の敷地内に入る時は
必ず靴を脱いで揃えて置いてから入ったそうです。
子どもたちは 学校がお休みのお盆やお正月の前にも
自分の家のお墓と同じように掃除をしました。
トルコのお墓は 樫野にある大切なお墓でしたから。

これは、樫野生まれで樫野育ちの 私の連れ合いから聞いた話です。
地元の人たちや子どもたちの素朴な思いが 
しみじみと伝わってきて 嬉しくなりました。     
                                        by きんかん
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by umikongou | 2007-02-20 10:48 | 樫野

満天の星

島で暮らして、何よりも嬉しいのは星が綺麗なことです。
夜空の星が くっきりはっきり見えます。
それは 人工の光が少ないからです。(住んでいる人が
少ないということですが・・・)

夜はやはり暗い方がいいのです。月明かりも、星の瞬きも
まっすぐに届きます。そして、騒音もありません。

大昔からそうであったように、人間の営みは慎ましいもの
でした。その日の暮らしを大切に生きていたら、天空から
美しい贈り物が届くのだと、輝く星を見ながら思いました。

樫野の夜空は 島の中でも 一等美しいのです。

                                    by きんかん
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by umikongou | 2007-02-19 10:41